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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)5588号 判決 1961年8月07日

理由

証人楠城四郎の証言によれば、原告は、昭和三十四年十二月二十六日、金四百六十万円を、利息月三分、弁済期は三日後という約定で和泉産業に貸し付けたことが認められる。

次に、証拠を総合すると、右貸付の当日、垣立は、原告に対し、右借金については、被告会社においても和泉産業と共同してその責に任ずる旨を約したことが認められる。このことは、垣立が被告会社を代理して、原告と、和泉産業の右貸金債務を連帯保証する旨の契約を締結したものであると解するのを相当とする(楠城は、和泉産業の代表取締役として行動したものであつて、原告の全立証によつても、楠城が被告会社の代理人として本件連帯保証契約を締結したとは、認めることができない)。

そこで、垣立の右代理権の存否について判断する。

垣立は、被告会社に三十数年間勤務し、右貸借契約締結の際、被告会社の代表者ではないが、その取締役貿易部長としてその貿易関係業務を執行する権限を有していたものであり、楠城も当時被告会社の常務取締役であつたものであること、被告会社は、韓国法人である丸西産業の東京事務所と貿易上の取引があり、これに対し、相当多額のこげつき債権を有していたものであるが、昭和三十四年十一月十三日和泉産業が設立され、丸西産業東京事務所の代表者である李哲周と被告会社の常務取締役である楠城が右新設会社の代表取締役となり、丸西産業東京事務所の被告会社に対して負担していた債務を和泉産業において引き受けるに至つたものであること、は当事者間に争いがない。

証拠を総合すれば、楠城は、被告会社の筆頭の常務取締役であつたところ、李哲周から、対外的関係における和泉産業の信用を増大するため、現職のまま和泉産業の代表取締役になつて貰いたいと依頼されたので、被告会社は楠城を被告会社の筆頭常務取締役の現職のままで和泉産業に社長として出向させたものであり、その設立の際、垣立も和泉産業の発起人の一人となつたこと、被告会社の丸西産業東京事務所に対する債権は、金一千七百万円の多額にのぼり、この債権は、全部被告会社と丸西産業間の貿易取引上において生じたもので、これは取締役貿易部長たる垣立に責任の存するところで垣立は、永年勤続とその業績により、被告会社から非常に信用され、右債権の回収は、垣立に一切任されていたものであること、しかして、この金一千七百万円の債務は、丸西産業の東京事務所が別に存在しているにも拘らず、僅か資本金五百万円の会社が創立当初から引き受けさせられたものであつて、到底普通の常識では考えられない債務の引受であること、その債務引受の交渉は、被告会社を代理して垣立のなしたものであること、楠城を和泉産業に出向させることに決した被告会社の取締役会の席上、万一、和泉産業の運営に破綻の生じたときは、被告会社に責任が来ないようにしようとの話合がなされたのに対し、垣立が、そのようなことをしても世間には通用しないであろうという意見を述べたことがあること、世間一般は、被告会社が和泉産業の親会社であると見ている向が多いこと、原告は、垣立と親交があり、垣立が被告会社の取締役貿易部長として貿易に関する最高責任者として広範な権限を有していることを充分知つており、又、本件貸借当時楠城とも面識があり、楠城が被告会社の筆頭常務取締役の現職のまま和泉産業の代表取締役として出向していることも知つていたこと、垣立及び楠城は、「本件貸借関係成立の際、前記金一千七百万円の債務を和泉産業において引き受け、その回収の権限は垣立の権限とされていること、和泉産業は、主に韓国貿易をすることを目的とする会社で、韓国の商社と輸出契約が成立すると、被告会社が、和泉産業の輸出を代行するものであり、韓国の商社と輸出契約を成立させるには、韓国の所轄管庁の許可を受けることを必要とし、その許可を受けるためには、相当の金品をもつて裏面工作をする必要があるところ、問題が生じた場合、被告会社の名前が出ることは、その対外的の信用上不都合の生ずる面もあるので、和泉産業の名において輸出信用状を入手しようとするものであるが、本件借用金は、その運動費に用いるものであつて、その輸出契約が成立した場合、相当多額の利益がある。」等、被告会社と和泉産業間の関係、本件借受金の使途等を相当詳細に亘つて原告に告げた上、被告会社においても本件貸借の責に任ずる旨を垣立において約したものであること、本件貸借の席上、被告会社の取締役会の決議がない云々の話はでなかつたこと、本件貸借の交渉は、全部垣立が被告会社の垣立の事務室に原告を呼び寄せた上、和泉産業に同道してなされたものであること、垣立は、貿易業務に関して、他の者に対し、前渡金名義で金銭を貸し付ける権限も有していたこと、しかして、和泉産業の行う対韓貿易は、その大半を被告会社において輸出入の代行をして来たものであり、その利益を和泉産業に対する債権の取立に充てることとなつていたことが認められる。

右認定の事実関係からすると、垣立は、代表権のない取締役で貿易部長として被告会社の業務に従事していたものであるから、商業使用人を兼ねているもので、その地位は商法第四十三条にいわゆる番頭に該当するものというべきであり、被告会社の貿易業務及び和泉産業に対する債権の取立及びこれらに関連する一切の裁判外の行為をする包括的代理の権限を有していたものであり、被告会社と和泉産業との関係から、和泉産業が対韓貿易に関する輸出入の信用状入手のために用いる金員を借用するについて、被告会社を代理して、その連帯保証をすることも、被告会社の貿易並びに和泉産業に対する債権の取立に関連するもので、このような場合には、連帯保証の契約をすることは、一般的に右包括代理権の内に包含されているものと見るのが相当である。

しかして、右垣立の包括代理権の内から、和泉産業の対韓貿易のためにする金員貸借について連帯保証することが特に除外されたことについて、被告が何らの主張立証をしない本件においては、垣立のした前記連帯保証契約は、被告会社の代理人としての垣立が、被告会社の名において締結したもので、被告会社は、和泉産業の債務の連帯保証人としての責に任ずべきものといわなければならない。

仮りに、垣立の包括代理権の内から、右和泉産業の債務を保証することが特に制限されていたとしても、原告本人尋問の結果によれば、原告は、垣立が被告会社を代理して本件連帯保証契約を締結する権限があるものと信じていたものである、と認められ、原告は、商法第四十三条第二項で準用する同法第三十八条第三項にいわゆる善意の第三者に該当するものといわなければならないから、被告会社は、原告に対し、垣立が被告会社を代理して本件連帯保証契約を締結する権限がなかつたことをもつて対抗できないものといわなければならない。

証拠を総合すると、その後和泉産業は、昭和三十五年三月三十一日までに現金で金二十七万円及び小切手で金百万円を支払い、同日、原告と和泉産業との話合により右金百二十七万円の内金四十万九千九百七十九円を本件債務の元本の内入に充当し、残金四百十九万二十一円については、内金九十一万七千九百三十六円を昭和三十五年四月二十五日、内金八十五万六千三百六十二円を同年五月十日、内金八十四万一千九百六十二円を同月二十五日、内金八十二万九千三百九十九円を同年六月十日、残金七十四万四千三百六十二円を同月二十五日に分割して支払うこととし、右各弁済期までは無利息とするが、期限後は、当初の契約どおり月三分の割合による利息損害金を付する旨が約され、その席上に立ち合つた垣立は、「西川産業株式会社貿易部長垣立右近三郎」と署名して、和泉産業と連名の念書を原告に差し入れ、被告会社においても右各金員を期日に支払うことを約したが、これは垣立が被告会社の代理人として約束したものと認められる。

してみると、被告会社は、和泉産業の本件借受金の連帯保証人として、右金四百十九万二十一円とこれに対する支払済まで約定利率の範囲内である年一割五分の割合による金員を原告に支払うべき義務を負担しているものというべきであるから、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく正当である。

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